お灸堂のすきさんこと鋤柄誉啓さんが「気になる人」と言葉を重ねて知見を深める連載対談の第二回。今回のゲストはお酒を通じて?旧知の間柄になった株式会社フェリシモの内村彰さん。フェリシモで「ミュージアム部」の部長を務める傍ら、「おてらぶ」部長として、お寺文化の素晴らしさを伝えるため精力的に活動されています。前編ではお二人の出会いを皮切りに初タッグを組んだ「灸活プログラム」のこぼれ話、内村さんを待ち受けていたプロダクトの苦悩と、お寺文化の邂逅をお聞きします。溢れ出たのは救いある言葉の数々でした——。

フェリシモさんの旧社屋に缶詰になって、朝から晩まで〝侃侃諤諤〟(笑)(鋤柄)

鋤柄:初めてお会いしたのは2016年頃でしたっけ?もうだいぶ経ちましたね。当時は内村さんがフェリシモの『ミニツク』でプログラム(通信講座)を担当されていて、その時お仕事を依頼されていた切り絵作家さんが偶然、僕のご近所さんだったんですよね。その打ち上げにたまたま僕が同席していて意気投合したという(笑)。

『ミニツク』とは、どのようなプログラムなのでしょう?

内村:『ミニツク』のプログラムはレッスン系の通信講座ですが、一定期間を設けて資格取得を目指すタイプとは違っていて、日常に新しい趣味を見つけて、生活がちょっとだけ豊かになることをコンセプトにしています。打ち上げの席で「お灸も面白いかもしれない」と会話が弾み、そこから色々な調整を経て12ヶ月の通信講座が始まったんですよね。鋤柄さんが「お灸は触れ合い」と話されていたので『ふれあい灸活プログラム』と題してスタートしました。

鋤柄:僕自身、外の会社とのお仕事は初めてでしたし、内村さんはとても頼りになる兄貴的存在でしたから。毎月、原稿が完成する度に二人で打ち上げに行っていたので、お仕事で頂いた原稿料はほとんど飲み代に消えてしまったかもしれませんね(笑)。それ以来、内村さんがお仕事で京都にお越しいただいた時に、たまに遊んでいただいています。

内村さんからご覧になって鋤柄さんの第一印象はいかがでした?

二人の出会いと思いが詰まった「ふれあい灸活プログラム」内村:『プログラム』の打ち上げで鋤柄さんを紹介された時は「こんなに若い方が?」と感じていました。それまで鍼灸師の方にお会いする機会がなかったので、ヒゲが生えた仙人みたいな人が現れるのではないかと想像していたのです。

鋤柄:意外とそういうイメージって多いですよね(笑)。

内村:鋤柄さんの治療院に伺った際は、洗練された施術空間に驚きました。アーバンな佇まいに鍼灸とは関係のない書籍も並べられていて、これはオシャレな空間に来ているぞ、と。勝手に身構えていた緊張が解けましたね。鍼灸院は緑色のベッドが並べられて、大量の鍼がステンレス製のラックに陳列されて……みたいな、ちょっと怖いイメージを抱いていましたから。

鋤柄:僕は内村さんを、すごいシュッとした人だなと。あとは内村さんが僕の話を「面白いじゃん」と言ってくれたのがすごく嬉しくて、ありがたかったですね。当時は治療院をはじめてすぐの頃でコンセプトを試行錯誤していた時期でしたから、励まして頂いたように感じましたし、この人と仕事をできればきっと面白いだろうなと。

制作はどのような流れで進められたのですか?

内村:『ふれあい灸活プログラム』は、3ヶ月ごとにテーマを決めたんですよね。お灸のこと、心のこと、生活習慣のこと……あまり堅苦しくならないように、ツボ紹介や漫画ページも差し込みました。ツボの説明は、お灸を身近に感じてもらえるように取穴部位をイメージできるモンスターのイラストを二人で考えたり。

鋤柄:〝ツボモン〟ですね。フェリシモさんの旧社屋の商談室で缶詰になって、朝から晩まで(笑)。時折、「それでいいんじゃないですか!」「いや、もっとこうした方がいいです!」なんて、侃侃諤諤と。懐かしいなあ……。

当事者だけが悪者にならない余白が東洋医学には存在していると感じます(内村)

内村:『プログラム』に限らず、弊社が扱っている小物や雑貨、これからお話しさせていただく、『おてらぶ』もそうですが、お客様の多くは女性です。『ミニツク』のプログラムを通じて東洋医学の良さをどう伝えようか考えたときに、ストーリーが必要だろうと。偶然、ある出版社の編集者さんと仲良くさせてもらっていたので、お灸の仕事をしていることを話したところ、興味を持っていただいて、雑誌の方でもお灸をテーマにした漫画連載がプログラムのテキストと並行する形で始まりました。プログラムと雑誌、それぞれ同じ舞台・同じ登場人物だけれど、別の視点で読めたら面白いと考えて、雑誌掲載の漫画ではキャラクターのドラマ性を重視、我々の作るテキストでは鍼灸の奥深さに焦点を当てる構成になったのです。

内村さんご自身は東洋医学をどのように捉えていましたか?

内村:〝お腹が痛ければ薬を飲めばいい〟みたいな解決策がある一方で、身体的、精神的の何かしらの不調に対して、例えばご自身の生活習慣に原因を求める声も出てくると思います。でも鋤柄さんとお話する中で、すべて自分が悪いわけじゃない、それは他者や自然との関わり方など、いろいろな要因によって、今の状況が生まれているということに気付かされたのです。当事者だけが悪者にならない余白のようなものが、東洋医学には存在しているように感じています。

鋤柄:お灸をすると悩みが改善する……みたいなのは勿論大事なんですけど、内村さんが話されたように自然とのつながりや、人々との触れ合いが心身に好循環をもたらしてくれるみたいなこともすごく価値のあることですよね。そういった一見、「利」のない部分に内村さんも、雑誌編集者さんも共感していただいて。僕自身もそうした部分がお灸の良さみだと考えているので、シンパシーを感じつつ仕事を進めることができました。

心身ともに疲弊していた時、写仏をすると不思議と心が洗われて――(内村)

鋤柄:ところで、今更なんですけど内村さんはなんで「おてらぶ」をはじめたのですか? もともとお寺や仏教に詳しかったんですか?

内村:子どもの頃から参拝はしていましたけど、家の宗派ではない寺院にずっと通い続けていても気づかないくらい、仏教については明るくありませんでした。そんな僕ですが、フェリシモに入社して仏教の教えに助けてもらったエピソードがあります。

縁あって入社でき、はじめはカタログを作る仕事をしていました。しかし、いろんな自社商品を見る機会の中で、自分も商品を作りたいと思い、部署異動を希望し商品プランナーになることができました。フェリシモ入社前はデザイナーだったこともあり、なんとなく整ったものは作れる自信があったのですが、物作りってそんなに甘いものではないんですよね。同じチームのプランナー達がどんどんヒット商品を出していく中で、私だけが鳴かず飛ばずの日々。当時は悩んで苦しんで、訳も分からぬまま、作っていたと思います。

鋤柄:そういうのって苦しいですよね。それこそ流れみたいなのもあるでしょうし。落ち込んだりしていましたか?

内村:確実に病んでいましたね(笑)。そんな日が続いて仕事が本当にしんどくなった時に、ネットで「心をリセット」と検索したんです。すると奈良県の當麻寺がヒットして、写仏の体験会が行われていることを知りました。写経は経典を書写しますが、写仏は仏様の絵を描くことで気持ちを落ち着かせます。真冬に寒い部屋で手を震わせながら描いたのですが、不思議と心が洗われる気持ちになりました。そこで、私を救ってくれた写仏をレッスンにできないかと考え、カジュアル色を強めた10分でなぞり描くことができる『プチ写仏プログラム』を商品化しようと思い立ったのです。

「プチ写仏プログラム」完成には内村氏の忘れ難い経験が…鋤柄:僕が内村さんにはじめてお会いした時には『写仏のプログラム』って、けっこう話題になっていたから知っていたんですけど。苦しみの中から生まれた記念すべき商品だったのですね。

内村:商品開発を進めていく中で、お坊さんとも親しくなっていき、なんか仏教ってスゴいな!お寺ってスゴいな!という感情が芽生えました。商品としてだけではなく、お寺の文化を広く伝えていくことができたらと考え、その延長線上に「おてらぶ」が生まれたわけです。

鋤柄:僕が常々感心させられるのは、内村さんの商品化へのバランス感覚です。写仏にしても、ああいうのって、ともすれば文化の切り売りみたいになってしまうと思います。それを内容の安売りもせず、なおかつユーザー側に寄り添った商品としてプロダクト化されている。そのあたりのことって、ご自身で意識されていますか?

内村:商品を作るときは、商品を通じて伝えたいことの明確化を心掛けています。例えば『らほつニットキャップおはぎ』は、お寺でのマナーを伝えたい想いが開発の起点になっているんです。お寺に参拝に行った時、親子連れがいらっしゃいました。お子さまが仏像を指差して「パンチパーマ! なんでこんな頭をしているの?」とせがんでいるのですが、親御さんは答えることができませんでした。

またある時、お寺に伺った際にお坊さんから、参拝のマナー(仏前で帽子を脱がない)についてお話しいただきました。このとき 「知らない」ことで生まれるミスマッチがあるのなら、「仏前では帽子を脱がなければいけない」ということを伝えられる商品を作りたいと考えて、『らほつニットキャップ』が完成しました。商品にはマナーを伝える情報カードもセットしてお届けすることにしました。

鋤柄:そこまで考えてデザインされていたんですね。「らほつニット」って商品のクオリティだけでも十分完成されていてすごいのに、まさかそこまでの配慮があったとは……。恥ずかしながら、完全にキャッチーな帽子だと思っていました。お寺の文化を伝えたい思いが根底にあって、ブレることがない。内村さんのバランス感覚は、やはり秀逸なのでしょうね。

『【お灸堂すきから見聞録】第二話 お寺の文化を伝える人、フェリシモ・内村彰さんと語らう(後編)』はこちら→