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鈴木平(元プロ野球選手)【前編】
カテゴリ: インタビュー

トワテック リサーチ

 

 ケガに悩んでいる子供たちに少しでも良い状態でプレーさせてあげたい

 

オリックス時代、イチローとともに日本一にも輝いた名ストッパー鈴木平。現在は静岡県磐田市でタイラ治療院を営む。

1996年、日本シリーズで巨人を破り、プロ野球界の頂点に立ったオリックス・ブルーウェーブ。ユニフォームの右袖に「がんばろうKOBE」のワッペンを縫い付けて戦った彼らの雄姿は、暗く沈みがちな被災者たちの心を強烈に鼓舞し続けた。

 

この年、12球団の覇者となった青波軍団にあって、バットでチームを引っ張ったのはイチロー。言わずと知れた不世出の天才バッターである。そして、オリックス投手陣の象徴となったのは背番号43。右のスリークォーターから繰り出す快速球で三振の山を築いた長身のセットアッパー、鈴木平だった。

 

 

しかし、彼の絶頂の時期は、そう長くは続かなかった。日本一の翌年からは肩とひじの故障に苦しみ、本来の実力を発揮できなくなっていた鈴木は、中日、福岡ダイエーと渡り歩いた末、2002年のオフにユニフォームを脱いだ。

 

 

そんな鈴木がセカンドキャリアとして選んだのは、手技療法士の仕事だった。

 

 

「ボクは2001年に中日を解雇されて2002年にはダイエーと、2年連続で“クビ”って、言われているんです。今度は自分で終わりを決められる仕事をやりたいと思ったのが治療家を目指した理由です。それとボクは選手時代にケガが多くて、治療をしてもらっていたから投げられたという部分がすごく大きいんです。だからケガに悩んでいる子供たちに少しでも良い状態でプレーさせてあげたいとも考えましたね」

 

今は治療家として小学生・中学生・高校生のスポーツライフを支る鈴木平。修業時代には「元プロ野球選手として、他の人にはないプレッシャーを感じていた」と話す。

 

鈴木は、現役当時と変わらない精悍な顔つきで口を開いた。

 

 

オリックスでプレーしていた頃、連日連夜マウンドに上がり続けた鈴木にとって、治療院での施術は絶対に欠かすことのできないものだった。関東と関西に1軒ずつ、かかりつけの治療院があった43番は、登板後には毎日のように治療院へ。シーズン中には、日々の練習よりも治療院通いを優先させる毎日を送っていたという。

 

 

「ボクの場合、100パーセントの状態で投げられるのはシーズンの1試合目だけですよ。その時はコンディションを合わせていくけど、その後は連投が当たり前だし・・・」

 

 

鈴木は、決して楽しくはないであろう過去の記憶をゆっくりと紐解いた。そして話は、実際に彼が施術を受けた時に感じた思いへと進んだ。

 

 

「ピッチャーは肩が重いとか、肩が引っ掛かるなんて、独特の言い方をするけど、その僅かなズレを治療院で修正してもらうわけです。実際に施術を受けると“もう明日は無理だろう”と思っていた体が楽になる。決して100%の状態に戻るわけではないけど、気持ちの面で“これなら行ける!”というレベルにまで持って行ってくれたんです」

 

 

名前だけはみんなに知られているから、変なことはできない

 
 

そんな実体験があっただけに、鈴木は現役の頃から全幅の信頼を置いている神戸の石田カイロプラクティックオフィスで、手技のイロハについて教えを請う道を選んだのだった。

 

 

オリックス時代のユニフォームが飾られた治療室。野球好きの患者さんを相手にすると「野球談議に花が咲いてしまうんですよね(笑)」と笑う。

引退からの3年間、鈴木は“元プロ野球選手”のプライドをかなぐり捨て、ひたすら修業に明け暮れる毎日を過ごした。昼間は神戸東洋医療学院に通い、夜は10時、11時まで師匠に実技指導を受ける日々。もちろん修業中の鈴木に収入などない。

 

 

一度は野球界のトップまで昇りつめた男が、なぜ現役時代とは真逆の生活に耐えることができたのか・・・。それは、彼が鈴木平だから。誰もが知っている日本一のセットアッパーという過去がある故に、彼には失敗が許されないのだ。

 

 

「ボクの場合、名前だけはみんなに知られているから、変なことはできないというプレッシャーの方が大きかったですね。何か変なことをやったら新聞に載っちゃうんです。だから、失敗はできないんです」

 

 

3年間、必死に技術を磨いた鈴木は、2006年4月、自信が生まれ育った静岡県磐田市に「タイラ治療院」を開院した。元プロ野球選手という肩書を有効活用して、話題を提供する方法もあった。有名スポーツ選手の専属トレーナーとなって名を売るため、都会で開業するという手も、もちろんあった。しかし彼は、そうしなかった。というのも鈴木には、この場所に根差して治療を続けていきたい理由があったのだ。<後編へ続く>

 

 
取材/渡辺トモヒロ 文・構成/三浦敬介
 
 

プロフィール

写真 鈴木平
1970年静岡県生まれ。1988年プロ野球ドラフト3位でヤクルト入団その後オリックス、中日ドラゴンズ、ダイエ―に移籍プロ野球在籍15年、引退後神戸東洋医療学院にて3年間勉強、また神戸市内の石田カイロプラクティックオフィスにて3年間技術の勉強をして平成18年2月に国家試験に合格。著書に『プロ直伝!! 野球ひじ・野球肩の治し方と予防法』(監修)がある。
施設写真
タイラ治療院
静岡県磐田市城之崎4-11-2
TEL 0538-37-8989
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