鍼灸院を開業して間もない時期に、難病に襲われた越石まつ江氏。処方された抗生剤は一向に効かず、体調は日増しに悪くなっていく。歩行や会話すらも困難になるなか、一縷の望みをかけて鍼治療を2カ月にわたって受けるも、全く効果がなかった。
そんななか、恩師の安藤譲一氏(元・日本鍼灸理療専門学校副校長、元・埼玉県鍼灸師会会長)の紫雲膏灸を受けて、局面は大きく変わる。
これで治る――。紫雲膏灸を受けた瞬間にそう確信して涙が流れたという越石氏。安藤氏の治療を2回受けたあとは、中学生の娘による灸治療を毎日続けて、完治に至った。
灸で命を救われた越石氏は決意する。これからは灸だけで患者を治す――と。

糸状灸のみの治療を3年続けた

紫雲膏灸で難病が完治した越石氏は、治療に復帰。7カ月にわたって休業していた鍼灸院を再び開けて、新たなスタートを切った。
9キロも?せてしまったが、気力はみなぎっている。自分が救われた経験を一人でも多くの人にしてもらいたい。越石氏はそう考えた。

「私みたいな人は必ずいるだろう。西洋医学でも東洋医学でも治らない人。そういう人のために生きてみよう……そう思ったんです」

一体、自分が受けた、あの紫雲膏灸の手ごたえは何だったのか。来る患者、来る患者に紫雲膏灸を行った。それも、太さ1~1.5mm程度の艾?を用いる糸状灸のみの施術である。

「自分が病気だった頃は、米粒大の多壮灸だと刺激が強すぎました。身体が糸状灸しか受けつけなかった経験から、3年間は患者さんにひたすら糸状灸だけを行いました」

治療法を絞ることは、ほかの手段を捨てることでもあり、なかなか踏み切れるものではないだろう。だが、越石氏は「何がどう効いているのか」を明確にするために、あえて糸状灸だけに注力したのである。

越石式灸スタイルの誕生

「臨床が面白くて仕方がなかったですね。多壮灸はほんわかした刺激なので、〈虚証には多壮灸〉なんて教えられたりもしましたが、臨床で経験を積むにつれて、とんでもないと思いましたね。糸状灸で実証、虚証の両方に対応できるんです」

3年間、糸状灸だけを行った結果、糸状灸は虚証状態にも効果があり、さらにぎっくり腰や捻挫などの急性疾患に著効することがわかった。また「灸は慢性疾患」が原則で、急性疾患には向かないというのが常識だったが、それは思い込みだと越石氏は気づく。

「艾?を極めて小さくして紫雲膏の上に乗せ、さらにすばやく火を消して温度管理を行えば、急性疾患にも十分対応できることがわかりました」

そんな経験を積んで、越石は「虚証の患者さんには糸状灸を中心に、慢性疾患には多壮灸を中心にして、2種類の灸を組み合わせる」というスタイルを作り上げることとなった。「越石式灸法」の誕生である。

越石式灸法の誕生

越石式灸法を確立した越石氏。現在は常時4人体制で、1日に約20人の患者を治療している。難病の患者もいるなか、最近ではパーキンソン病患者への治療が心に残っているという。

「35歳のときにパーキンソン病を発症した患者さんで、来院した時は40歳でした。振戦の症状については、灸治療でかつて効果が見られた経験があったので、引き受けることにしました」

そこから1日2回、朝と夕方に手足、首、肩と全身に糸状灸を行った。「すべての刺激は脳に影響を与えるはず」という越石氏の考えがそこにはあった。
2回目の治療のときのことだ。患者の目から涙があふれ出た。「これでようやく治るかもしれない」。患者がそんな手ごたえを感じたからだ。それはかつて、越石氏自身が初めて紫雲膏灸を患者として受けたときに、経験したことでもあった。

「数回で反応があったので、灸治療を続けることにしました。とはいえ、難しい病気を治癒へ動かすわけですから、根気がいります。この患者さんは50日通ってくれたので、100回の糸状灸を行いました。途中からは震えが全くなくなりましたね」

さらに、知人の医師に頼んで、その患者の脳のMRI画像を撮ってもらった。すると、発症時の5年前に比べて、前頭葉がはっきりと映っており、医師も驚いていたという。今、そのパーキンソン病患者は、快適に日常生活を送れているという。
みんなが思っている以上に灸には力があるのではないか――。
死の淵から灸で救われた越石氏。日々その思いを強くしながら、今日もまた灸のみの治療を続けている。

【「越石式灸」はなぜあらゆる症状に効くのか?(前編)】難病から命を救ってくれた紫雲膏灸はこちら→