東日本大震災直後、鍼灸師として初めてボランティアに携わり、その後の災害時には全国各地を巡り、被災地支援にその身を捧げている榎本恭子先生。前編はボランティア活動の具体的な中身から、鍼灸師が被災地に派遣されるまでの詳細な枠組みについてお話を伺いました。後編では災害現場の統合医療の重要性、鍼灸業界の認知と活躍の場を広げるために、どのような情報発信の形が求められているのか、榎本先生の考えをお聞きしました。

余りに悲しみが大きすぎて痛みを我慢してしまうのです

前回(前編)も少しお伺いしましたが、鍼灸マッサージ師のお立場から見て、被災現場はどういった症状を訴えられる方が多いのでしょうか。

急性期、慢性期によって変わってきますが、初期症状は皆さん、不安・ストレスからくる不眠ですね。それから胃腸の調子が悪くなったり、頭痛を訴える方もいらっしゃいます。ただ、現実を受け入れることに精一杯で、痛みを我慢しているケースも少なくありません。避難所まで走って逃げてきたときに足を挫いた、転んだ、ということが起きても、捻挫程度に認識してしまって、実際には骨折していても気付けないのです。

普段なら捻挫で病院に通われる方が、大規模災害で人が生き埋めになっていたり、泣きながら家族を探している親御さん、お子さんの光景を目の当たりにすると、自分の足の痛みなんて、ちっぽけなことだと感じてしまう。この程度で痛みを訴えてはいけない、と。目の前の悲しみが余りに大き過ぎるのです。

明日の食料が確保できるか、水さえ飲めるかも分からない。お風呂にも1週間も2週間も入れていない。皆さん、経験したことのない緊張状態で長期間の集団生活を強いられるので、ちょっとした痛みなんて全く分からなくなっているんです。訴えられる症状そのものは一般的な肩こり、腰痛などの筋肉疾患と変わりはありません。それに皆さんが気づけないことこそ、被災地と被災者の姿と言えるのかもしれません。

セラミック電気温灸器で施術すると『これがあるなら言ってよ』と(笑)」

被災者の治療に「セラミック電気温灸器」を活用されているとお聞きしました。〝非現実的な日常〟の中で、通常の鍼・お灸と比べて使いやすさはどの辺にあるのでしょうか?

これは被災者に限った話ではありませんが、初めは誰でも鍼で刺したり、お灸を据えることに抵抗感があると思います。痛いんじゃないかとか火傷してしまうのではないか、そうした不安があって当然なんですね。セラミック電気温灸器は〝怖さ〟を和らげてくれるので、初心者に鍼灸の良さを知ってもらう意味で最適な導入アイテムだと感じました。お灸の香りが苦手な方もいらっしゃいますので、避難所で火を使わずに、匂いを気にせずに安全面に配慮した施術を行える点で大きな意味があると思います。実際に施術を受けた方の評判は非常に良かったですよ。「これがあるなら初めから言ってよ」という感じで(笑)。

被災地支援では、ドクター、看護師など様々な医療系職種との連携を想像できますが、長年、被災地で活動されている榎本先生が考える課題点や医療連携の成功例を教えてください。

東洋医学と西洋医学の連携については少なからず課題を感じています。私たち鍼灸マッサージ師が災害ボランティアに派遣される場合、JIMTEF(ジムテフ・国際医療技術財団)で、医師、看護師、救急救命士、理学療法士、管理栄養士、柔道整復師、心理士等の方々と共に研修を受けるわけですが、災害時に派遣されるDMATのドクターは、現代医学のスペシャリストと呼ばれている人たちです。「治療」の言葉ひとつをとっても、医療連携を取り合う中では、東洋医学、西洋医学では立ち位置が異なってきますので、立場の違いを感じてしまう場面は存在します。

だからこそ、災害医療チームが重要だと私は考えているんです。その第一歩として、日本災害医学会でDSAMは論文を昨年は6題、今年は9題、私と朝日山一男先生は昨年5題、今年は3題発表させて頂きました。「鍼灸マッサージ師の皆さんは、我々のすぐ傍で、こうした活躍をされているのですね」「鍼灸マッサージは慢性期の症状に効果的だと考えていましたが、急性期の症状にも対応できるなんて知りませんでした」と、評価の再認識を得られたように思います。

その積み重ねによって、DMAT(ディーマット・害派遣医療チーム)から、DSAM(ディーサム・全日本マッサージ師会と日本鍼灸師会の災害支援鍼灸マッサージ合同委員会)に直接、被災地ボランティアの要請を頂けるようになりました。これは、大きな成果だと考えています。被災後、東日本大震災は9年間、熊本地震は3年間、西日本豪雨災害では2年間、災害支援鍼灸マッサージ師ボランティア活動を継続しております。

東洋医学だから、西洋医学だからではなく、災害医療チームとして共通認識の下、共通言語やそれぞれの国家資格を理解し、尊重することにより、被災地の現場で連携が可能になると考えております。それにより、鍼灸マッサージ師の智慧と技術が生かされるのではないでしょうか。

今、鍼灸業界はさらなる成長の過渡期にあるのかもしれません

ついこの間(2021年2月13日)、福島県沖を震源に最大震度5強の大きな地震が発生しました。その際に鍼灸師の方々がSNSを通じて、不安に効くツボの発信をされていました。直接現場に行く以外にも鍼灸の認知度を上げていく方法があるのではないかと感じました。最後に鍼灸の積極的な情報発信について、榎本先生のお考えを聞かせてください。

災害は、現場だけで起こっているわけではないんですよね。テレビで悲惨な様子が連日報道されると、被災を経験された方だけではなく、テレビを鑑賞しているお茶の間でも、当時の光景がフラッシュバッグします。東日本大震災の甚大な被害に止まらず、ここ数年間だけでも、熊本・北海道・茨城・長野・宮城・福島・千葉・神奈川等全国各地で災害は起きていますから。月日が経っても、その瞬間はあの頃の精神状態に戻ってしまうのです。

一般の方々に対して、災害は「まさか」ではなく「実際に起こるもの」という意識改革を促し、平時の生活の『備えの大切さ』をより伝えていきたいです。ですからSNSを通じて有益な情報を発信することは、被災地支援と同様にとても意義のある行為だと考えています。私自身、Facebookを利用しているのは、鍼灸マッサージ師の活動内容をもっと国民の皆様やドクターをはじめ、医療関係者・行政の関係者・政治家の先生・企業の方々など多方面の方々にも知って頂きたいからです。

また、私たち鍼灸の後輩や弟子の立場からすると、先輩の方々から、最前線の知識や技術を直接学ばせて頂けることは、何よりの財産です。コロナによって、そのチャンスが失われてしまうことを一番恐れています。このようなご時世に交通費や移動時間を費やさずにネットで録画したものをいつでも拝聴できるのは鍼灸マッサージの質向上にとって不可欠です。
SNSというフィールドを上手に活用することで、鍼灸マッサージの可能性が広がっていくことを期待し、より多くの確かな情報を発信する手段と環境作りを考えています。そのためにも、鍼灸マッサージ師がスポーツ現場・介護予防の現場や被災地に赴き、現場での支援を行うことでしか得られない情報や体験をも正確に伝えることが大事だと信じています。鍼灸マッサージ業界は今、新しい試みを求められる過渡期にあるのではないでしょうか。

【災害支援の現場と鍼灸】(前編)「被災地を支える力が鍼灸にはあると信じています」はこちら→