昨年9月に登場以来、SNSでも話題を集めている『竹カゴ温灸器』。竹工芸家の三村竹萌さんがすべて手作業で作製し、一つひとつが微妙に異なる顔をもつ唯一無二の逸品です。元々鍼灸とは無縁の生活を送っていたという三村さんですが、この『竹カゴ温灸器』はなぜ、一体どのようにして生まれたのでしょうか? 詳しいお話を伺いました。

「竹で作れませんか?」何気ない一言から始まった竹カゴ温灸器

三村さんは大分県国東半島に工房をかまえる竹工芸家。鍼灸界隈ではすっかり「竹カゴ温灸器の人」として知られるようになったが、もちろん鍼灸用品の専門作家ではない。まずは三村さんの普段の活動内容から伺うことにした。

「竹で作れるものなら何でも作りますが、ここ20年弱くらいは海外に向けて作品を販売していることが多いのでアート作品が中心ですね。『ジャパニーズバンブーアート』として美術館やギャラリーに展示したり個展を開いたり、実際に現地に赴いてデモンストレーションを行うことも頻繁にありました。実は今年も秋にフランスで個展と展示会の予定があったのですが、夏頃にコロナウイルスの影響で見送りになったという連絡を受けていたんです。それで『困ったなぁ~』と思っていたところに、ちょうどトワテックさんから『温灸器を販売しませんか?』というメールをいただきまして。これは本当にタイミングが良くて、もしお声がけいただいたのが去年だったら、温灸器をたくさん作る時間なんてとても取れなくてお断りしていたと思います(笑)」

実は奇跡的なタイミングで商品化が実現したのだという竹カゴ温灸器。三村さんの知人のブログを介してトワテックが温灸器の存在を知り、商品化の打診を行ったという経緯だが、そもそも鍼灸師ではない三村さんがなぜ温灸器を作っていたのだろうか。

愛猫と一緒に竹カゴ温灸器を楽しむ三村さん。
お灸の一番の魅力は「煙と艾の香り」だそう。

「きっかけは月一で開催している竹工芸教室に通ってくれている生徒さんの一人でした。そのかたは全国で活躍されている専門の造園家に習い、九州の造園職人さんたちと中心に『土中環境』の循環力再生にも取り組んでいる鍼灸師さんなのですが、たまたま私の持病の話をしたら鍼灸治療を申し出てくれたんです。鍼灸を体験するのは当時初めてだったので内心すごく怖かったんですが、いざ施術が終わってみるとなんとも言えないスッキリ感があったのを覚えています。温灸器という道具に出会ったのもその時が初めてで、その際に『(今使っている温灸器は)熱はいいけど可愛くないから、竹で作れませんか?』と言われまして。じゃあ作ってみようかというのが始まりでした」

竹カゴ温灸器の誕生にはその鍼灸師さんの存在が大きく関わっているのだと語ってくれた三村さん。その後、早速製作に着手したものの、現在の設計にたどり着くには多くの試行錯誤があったという。

竹カゴ温灸器の試作品の数々。
どれも大きさや竹ひごの太さが微妙に異なる。

「竹カゴ温灸器を作る上で、一番悩んだのは大きさでした。温灸器はお腹全体を温めるのに使うと聞いていたので、最初は現行品よりもっと大きく作っていたんです。でもいざ使ってみたら艾の量がかなり必要になるし、熱量も下がってしまってイマイチな出来に。心地良い使用感を目指して少しずつサイズを調整し、最終的に今の手のひらサイズに行き着きました。それと、もう一つ苦労したのがカバー部分の竹ひごの太さですね。ひごを太くすれば作るのは楽になるのですが、隙間が大きくなって煙が逃げやすくなり、熱が籠もらなくなってしまうんです」

「これらの問題をバランス良くクリアできたのが今の竹カゴ温灸器であり、竹工芸家としてこだわった作品です」と笑う三村さん。こうして竹工芸家と鍼灸師による異色のコラボレーションで誕生した竹カゴ温灸器は想像以上の反響を呼び、他でもない三村さん自身を非常に驚かせたという。今では「こんな温灸器が欲しい」といった新たな要望も多く寄せられるようになったそうだ。

人と人をつなぐお灸の可能性

元々、三村さんは「鍼灸や東洋医学なんて全く知らなかったし、むしろジャンクフードが大好きで健康には無縁な人間だった」という。しかし温灸器の製作を機に自身のセルフケアとして日常的にお灸をするようになり、それはとある意外な気付きを得ることにもなったそうだ。

「僕の住んでいる地域(国東半島)は『自然と一緒に』という考えかたの人が多いんですが、お灸をするようになってから『実は私も普段からお灸しているんです』とか『前々からお灸に興味があって』という隠れお灸人間をたくさん見つけたんです。鍼灸院なんて一件も無いような田舎ですが、お灸とか東洋医学はきっとこの地域とマッチするんだと感じました」

お灸を介して地元の人たちが繋がっていく様子を見て、自身のセルフケアに留まらない新たな可能性を感じた三村さん。今では鍼灸体験やもぐさ作りといった一般向けのイベントの協力や運営にも積極的だ。

12月に開催された第1回お灸カフェの様子。
他にも、よもぎを使ったランチやおやつが振る舞われた。

「今後は月一のペースで移動型のお灸カフェを開きたいと思っているんです。地域の人が集まって、お茶を飲みながらお灸を体験するスペースを作ろうと。よもぎを使った軽食や薬膳料理なんかも出したいですね。私も含め、ここは移住者の多い地域なのですが、実は移住者と先住者の見えない壁のようなものがあるとずっと感じていたんです。お灸カフェはそれを取り払う1つの手段になるかもしれないと期待していて、続々と協力者も集まっているところです。私自身が体験した、お灸や東洋医学を通じて広がる人の輪を、地域の人たちにも感じてもらえるのではないかと思っています」

お灸カフェは2021年1月から本格的に始動させる予定だという。竹工芸家としてはもちろん、宣教師ならぬ宣灸師としての三村さんのこれからの活動にも目が離せない。

※記事内容は2020年12月時点の情報です。