お灸の商品開発の秘話やこだわりについて、ハリトヒト。メンバーがお灸メーカーにインタビューする「キュウトヒト。」の第二弾。(前編)
今回は、人気キャラクター「もぐさん」や、台座灸「長生灸」でおなじみの山正さんにお話しを伺いました。前編は百人一首の時代から、伊吹山の麓でもぐさが作られてきた歴史のお話と、「長生灸」が鍼灸師に支持される理由についてお届けします。

【創業126年の新参者でございます】

山正の歴史や、もぐさを扱うようになった由来など聞かせてください。

押谷小助と申します。四代目の社長です。
初代が全く同じ押谷小助という名前で、私は商才のあった初代の名に因んで名付けられました。
滋賀県北部、伊吹山の麓(ふもと)には何社かもぐさメーカーがあり、1番古い所で400年近い歴史があります。山正の創業は明治28年ですので、今年で126年目。実はこの中では新参者でございます。

伊吹山といえば、昔からもぐさのイメージがありますね。

「かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを」と、百人一首にうたわれていたように、平安時代にはすでに伊吹のもぐさは有名だったようです。
なぜかというと、山あいのこの地域は冬になると2mほどの雪が積もる豪雪地帯だからです。
豪雪地帯には、葉っぱが大きなヨモギが自生します。もぐさはヨモギの葉っぱを乾燥させて、裏の白い毛の部分だけを分離させて作るので、大きな葉っぱですと、1回の採取で量がたくさん取れて、もぐさ作りに適しています。そういうわけで、大昔からこの地域で、もぐさが製造されていたのだと言われています。

もぐさ作りに適したヨモギの産地が伊吹山だったのですか。

そういうことになります。
あとは、今から400年ほど前の江戸時代、この伊吹山の麓のあたりには、東京から山梨、長野、岐阜を通って滋賀県を通る「中山道」と呼ばれる大きな幹線道路がございました。
米原市に「柏原宿」(かしわばらしゅく)という宿場町がありまして、当時は伊吹で作ったもぐさを宿場の店頭で販売していたそうです。

伊吹山のもぐさは、江戸時代の旅人に愛された特産品だったのですね。

弊社は先ほどの柏原宿がある米原市の隣、長浜市にございます。市町村合併前の「浅井町」にあたる場所で、戦国武将の浅井長政が居城を構えていた町です。
この浅井町の「野瀬」と呼ばれる地域には、古くから行商集団がいて、江戸時代ぐらいから明治時代にかけては、全国に伊吹もぐさを薬局や旅館、雑貨屋さんなどに売り歩いておりました。
そうやって、もぐさを店舗に卸して、1年後に売れた分のお金を回収して、無くなった分だけもぐさを置いてくる。今でいう配置売薬さんと同じ手法で、販売をしていたそうです。

今もそういった商人の方がいるのでしょうか?

戦後は西洋医学が主流になり、家庭でもぐさが使われる量が極端に少なくなって、行商の方たちも廃業されたそうです。
ちょうどその頃、もぐさを台座の上で燃やすことでやけどがしにくくなるという台座間接灸が考案されました。各もぐさメーカーから様々な商品が発売されましたが、弊社では30~50壮が1シートになった商品を開発して売り出しました。

【長生灸の使いやすさの秘訣】

山正といえば「長生灸」が有名ですが、その特徴やこだわりについて教えてください。

鍼灸師の先生が台紙から片手でお灸をスッと取れて、患者さんのお体に置いてからもスムーズに火がつけられるようにしております。
一回一回シールを剥がすために両手を使うのではなくて、取り外しから施灸まで片手でできるのが特徴です。

たしかに、片手で取ってダイレクトに置けるので、治療のリズムが崩れないのがとてもいいです。施術の流れがスムーズというのが、鍼灸師に選ばれる大きな理由でしょうね。

ありがとうございます。弊社では、鍼灸師の先生にとって使いやすい商品を追及して開発をしています。
長生灸は、実は台紙の部分を開発するのに苦労しました。
台紙はお灸の台座となるボール紙の部分(裏面がシール)と、そのボール紙の底に貼り付いた離型紙(シール面を覆うすべすべした紙)の2層の構造になっています。
このボール紙の部分だけをしっかりと底まで裁断しつつ離型紙はバラバラにならないようにつながったままにするという、技術的には非常に難しいことを製造過程で行っているんです。
ボール紙の部分だけに刃をバンッと入れて、離型紙は切れないように刃の入れ具合を調整しているのですが、完璧に仕上げるまでに15年ほどかかっております。

裏の剥がした紙がゴミにならないのも、臨床ではありがたいです。山正さんは、鍼灸師に寄り添ってくださっているように感じます。
その想いは、どこからきているのでしょうか?

先代の私の父が、鍼灸の学術大会や展示会が大好きで、ハイエースにもぐさを積んで全国の展示会に行ったりしておりました。
その頃はまだ、問屋さんとの取引がなくて、鍼灸師の先生に直接お灸の販売をしていたんですよ。
そのころの経験が、「プロの先生方に使ってもらえるもので勝負していこう」という現在の方針につながっています。

臨床の現場で使いやすいように工夫されているお灸なのですね。

プロ向けにこだわって商品を開発し、大量に使う現場で少しでも安価に使ってもらうために、海外での製造にも積極的に取り組んできました。
安定した品質を求められる部分は国内で製造、それ以外でコストを下げることができる部分は中国での生産と、細かく計算して製造を行っています。
おそらく弊社は、この業界でも最も早く海外に進出したメーカーのひとつかと思います。

お灸はドラッグストアなどで一般の方も購入しますよね。
それでも、あえてプロ用に開発しているメーカーの存在は、きゅう師としてとても励まされます。

前編 終わり

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